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回復の記録

拒食症の悪化 2度目の入院  中学2年

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入院治療から過食への転向と底つき   
  • 中学2年

    一般的な摂食障害の入院治療 
    絶対安静、エンシュアによる経鼻チューブ、毎日の体重測定など。最終的には食事を1/3以上必ず食べる事、29kgを超えたら退院できる、風呂は半年入らずなど。

    半年後、過食に転じる。食事を規定以上に食べるようになる。ごみあさり、チューイング、脱走、補導指導など問題行動を繰り返す。

    中学3年の夏前に将来不安を感じ退院、以降自宅に戻る。

  • 10年後(20代)
    【言語化期】カウンセリングによる過去の再定義

    心境の吐露と自覚:この時期が、底つきであったと口外した。

    摂食障害が治らない訳:家に戻る=ひどい扱いがある。周囲の影響で、将来は水商売になるものだと思いこまされ、体重が増え大人になること=身売りのイメージが抜けなかった。

    一時期だけ母の愛を感じた事を口外した:病院への治療方針を信じず、こっそり母からの差し入れで野菜スープなど自然療法の食べ物を口にしたり、外泊を装い宗教施設へ出かけ治療を受けたことなど。

  • 20年後(今)
    現在のメタ認知(AI・自己分析)

    「身体的治癒」と「社会的治癒」の乖離:
    病院は、29kgという身体の治癒をゴールにしましたが、治療のゴールは、「家に戻らなくて済む」という社会的な治癒の可能性 

    治らない理由
    「食べると死にたくなる(家に戻されるから)」というロジックが発生しているので治療が進まなかったのではないか。体重が増えるほど脱走など、問題行動が増えた。体が並に成長できるには心理的安全が必要?

    世間の考える摂食障害のネタ化
    世間の考える摂食障害を見ると、現実と乖離してる気がする。
    可愛い、スポーツで有利になるなどで痩せるイメージでカジュアルに消費されてる印象 

典型的な摂食障害の治療、過食の底つき 

典型的な摂食障害の治療入院中に、過食に転じる。

私が食べた量を見て、看護師は回復を喜び、たまたま見舞いに来てた母親は荷が下りたといわんばかりに安心した表情をする。 

当事者にとっての、太る=恐怖は理解できないのだと。これが底つきになった可能性。その日から、体重が増えるごとに問題行動が増え、諦めて退院+家に戻る。

他人に救ってもらうのを諦めた 早い自立? 

単純に体が成長してくことに抗い続け、「他人に救ってもらいたい」期待が裏切られるのに疲労困憊 

ある種の思春期的な自立の象徴?

摂食障害がどこかで、過食に転じることを加味しても、回復が当事者的に必ずしも喜ばしくない、諦めて耐える場面が多いのも、この病の回復過程の特徴か? 

スピリチュアル・アビューズ(宗教的虐待)

行為: 科学的根拠のない宗教施設へ連れ出し、「一発で直る」という非現実的な期待を押し付けること

病院側へは、外泊と偽り、宗教施設での脳波治療、食事制限のある中で持ってきた野菜スープなどは、治療を妨害するものでしたが、当時の私にとっては「やっと母親が私の味方」になったと感じさせる行為であった。

しかし、明日になれば、「なぜ治らないのか」「金の無駄」という罵声が待っている。それは入院してても変わらなかった。 

病院(正論)を裏切り、母(毒)を信じることでしか保てない絆の形。
それが摂食障害の本質的な苦しさとAIが定義する。

進学等を考えて退院 「生命の維持」と「人生の詰み」あきらめは再起になるのか?

中3の夏、私は2度目の入院生活を終えました。
快復の喜びではなく、重く冷たい「諦め」でした。

体重は30kgを超え、医療の数値上は「危機を脱した」とされました。けれど、私の内面を支配していたのは、諦めでした。

私にとって、体重が増える=家へ戻る =自分の人生が詰んでいく気がしましたが、同世代的に、身長体重が増えるのはきっといいことだろう、「これが普通の感覚なのだろう」と強く言い聞かせて納得させてました。

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