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回復の記録

退院と受験 世間からの遅れを実感 中学3年

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退院と中学への復帰 受験で世間からの遅れを実感  
  • 中学3年

    症状管理自傷: 減った。摂食障害特有の症状も落ち着いた。時々チューイングや過食はあったが、同級生などを周囲を見て、自分の今までの認知のゆがみが少しわかる。

    学校:夏に退院+復学する。体力は何とか続くが、自分が世の中の流行りなど全く知らないことを実感する。

    学習:明らかな遅れがある。内申に1.2年の不登校が響き、公立高校の受験はすべて断られる。

    家庭:家では孤食、部屋で1人食べるのは変わらず。母からの暴言は減った代わりに、金銭的な事は愚痴や文句を言われた。

    進学:自分名義の奨学金で高校進学を許可された。父とは引き続き2-3月に1回程度合うようになり、時々もらうお金の額が増えたので、学用品にあてた。

  • 10年後(20代)
    【言語化期】カウンセリングによる過去の再定義

    失った時間と世間ズレ

    退院当時はひどく世間ズレしていいたと自覚する。それから、同世代あるあるなどに全く通じないことなど。私の年代は氷河期世代でゲームやアニメが豊富だったようだが、よくわからないことを自覚した。

    内申受験システムへの理不尽

    復学してから2学期以降で成績は追いついたが、出席日数の不足から公立高校への入試は受付不可であった。私立高校へは、推薦不可であった。そのために一般受験をした。

    虐待だけでなく、公立&私立と進学そのものを断られつづけたが、普通は心が折れそうである。この場合、大人が望むのは通信制なのか? 

     

  • 20年後(今)
    現在のメタ認知(AI・自己分析) 

    ・なぜ福祉の世界では、共通言語がサブカルチャーなのか?
    退院当時に、やっと復学した程度でも、スマップを知らないくらいに世間ずれをしている。当事者にはこれだけの解離があるのに、虐待を公表すると、必ずインタビューで、好きな音楽は?当時助かった言葉は?好きなアニメ漫画は?など聞かれる。

    とても軽薄に見えるのだが、インタビュー頻度が非常に高い。

私が復学当時に驚いたことと、世間ズレ


・同世代の「大きさ」(物理的)別の生き物のようだった。そして同世代が30人も40人も集まってるること。全く同じ格好をしてる事など。

制服だけでなく、髪を縛るゴムの色で注意されることなど。入院中なら気にしなくてよかった。わざわざ青を黒に買いなおさないけないことなど、すごく煩わしかった。

・流行という共通言語が分からない。給食の時間に流れるMr.ChildrenやSMAPの曲など。

「共通言語」を持たない自分を自覚し、周囲との乖離を埋めるため、スーパーの雑誌コーナーでジャニーズの情報を立ち読みする。娯楽ではなく、共通言語のための生存戦略


福祉への疑問 なぜ主科目より報われない副科目をお勧めするのか 

主張コンクールの実績と担任の指摘

入院した生徒の慣例に倣い、自身の虐待や闘病を綴った主張コンクールで、学校代表として市の大会で表彰 

しかし、担任教師の指摘は「コンクールの実績は内申点に反映されず、推薦の根拠にもならない」という事務的な事実あり
周囲の称賛と、進学システムにおける価値評価への難しさを実感 

福祉的介入の構造的欠陥

今まで不登校=「感受性が豊か」「音楽ができる」など、わずかに気休めで信じていたが、それだけでは進学や学校にはなじめないことを実感。

わかりやすく「偏差値をあげれば選択肢が増える、しかしあなたにはその学習環境、機会がない」という事実を、なぜ言われないのか。

持たざるものの 生存戦略を考え実行、転換と結果

主張コンクールの件を機に、周りの大人(主に福祉系)の声を無視する。

いわゆるただの勉強優等生になることでの生存戦略へ移行

『貧乏』『不健康』『バカ(オール1)』

→ 成績を上げて『貧乏だけど賢い子(ちょっと入院歴あり、親疎遠)』レベルあれば、生きてくのに困らないだろうと踏む。 

社会の評価基準に適合した生き方へ切り替えた結果、以降の進学における障壁は消失。

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